EXCEEDの同人ソフト開発日記という名の備忘録

趣味のゲームソフト開発人。プロなのかアマなのかは不明(不定)らしい。

任天堂のソフトはいつも予定通りに出てこないって言われるけど、
ソフト作りっていうのは、そういうもの。
ゲームソフトは、期限までにやれと言われて、徹夜したり死に物狂いでやったからといって、
期待通りのものにはならない。そういうふうにすると、
結局、チームは妥協しなければならなくなる。
妥協させられて、できたものは、粗くなってしまう。
ユーザーは目が肥えていますから、受け付けてもらえない

山内 薄

EXCEED2006-06-22

マデリーン 亡き王女のためのパヴァーヌ


大昔、TAKERU*1 オンリーで販売されたいたゲーム。大の X68000 ユーザーの私でも、やはり他機種のゲームでどうしても欲しいものがあったりしたわけで、このゲームもそんなゲームのうちの1つだった。


 1979年、ふと立ち寄った片田舎の古道具屋で出会った老人。掘り出し物などなさそうなその店に掛けてある一枚の肖像画には、モラビアエスムラント二世の娘マデリーン妃が描かれていた。
 病床の父を毒殺しようとした悪女、マデリーン妃。しかし、その肖像画に描かれている人物からは、そのような印象はまったく感じられないのだった。
 そして老人は語る。肖像画に魅せられ、400年前の真実を探しに出た旅の話を。

当時、雑誌で、この広告文句とマデリーン妃のイラストを見た私は、ずっと、このゲームの事が気になって気になって仕方がなかった。

後に、県外の今は亡きパソコンショップで在庫整理の PC-8801 FE が新品で9800円ということを知り、「マデリーンがプレイできる!」と思い、学校帰りにそれを購入し、家まで担いで帰ったのだから、あの頃は本当に若かったと思う(爆

そして、こんな偶然があるものかどうかわからないが、その日、そのパソコンショップに設置してあった TAKERU にマデリーンが登録されていたのだが、子供の財力では、PC-8801 FE を買うだけで精一杯だったため、その日はマデリーンをあきらめざるを得なかった。

後に小遣いを貯めて、TAKERU まで足を運んだときは、時すでに遅し・・・マデリーンの販売が終了していた・・・・流石にあの時は凹んだ・・・(爆


そして、先日、ひょんなことから、プロジェクトEGG にマデリーンが登録されていることを(今更ながら)知り、いてもたってもいられなくなって、即入会、即ダウンロード購入。19年目にして、ようやくこの心のモヤモヤから開放されることとなった。(トシがバレるな・・・)

昔と違い、物理的な時間がないので、ネットで攻略サイトを探し、サラっとクリアする。(と、いうか今のご時世、このテのゲームをヒントなしにクリアするのは実質不可能かと思われる・・・)

正直、これだけの年月が過ぎてしまい、当時の「BGMなし」「デジタル8色」という画面を今現在、目の当たりにしたとき幻滅するのでは・・・と、内心不安だったのだが、そんな心配は全く無意味だった。当時からの私の目に狂いはなかった・・・・。

本当にありがとう。プロジェクトEGG、そして、シンキングラビット・・・。

ちなみにエンディングは、「バッド」「ノーマル」「グッド」の3種類。個人的には、「グッド」よりも、僅差で「ノーマル」の方が好み。「グッド」は目を閉じていた方が個人的にはよかったかも・・・



久しぶりに癒された・・・・

*1:1986年、ブラザー工業が「パソコンゲームソフトの自動販売機」として世にリリースしていたもの。ISDN回線を使い、新作ゲームのデータをブラザー工業から全国に設置されている TAKERU筐体に直接送り込み、筐体内のHDDに一旦記憶させておくという、かなり画期的な販売方法を採用していた。TAKERU 自体はパソコンショップや電気量販店に設置されており、本体中央に取り付けられてるタッチパネル(ブラウン管モニタ)で購入したいゲームを選択して、お金を入れると、筐体から生フロッピーが排出されるので、筐体内蔵のFDドライブにそのフロッピーを入れて、しばらく待つと、そこにゲーム本体が記録されるので、あとは持ち帰るという販売形式をとっていた。(マニュアルも、その場で筐体内蔵のドットインパクトプリンタで印刷されて出てきた。)しかし、インターネットの台頭とゲームの大容量化(ゲームのCD-ROM化=当時のストレージ容量や通信回線速度では物理的に賄えない)が原因で、1997年2月に撤退。約11年間の稼動実績を残した。